田七人参の力を健康に役立てたい…その想いから、「安全」と「田七人参の力を最大限に引き出す栽培」へのこだわりを駆使し、生み出されたものが「白井田七」です。私たちは、中国・中医学の現場で、田七人参がいくつも処方され、多くの人が元気を取り戻していく姿を見てまいりました。もっと良質な田七人参を飲めば、もっと多くの方が助かるのではないか…、この想いが私たちの原点です。田七人参の無農薬・有機栽培を十数年前に始めたのはそのためです。その想いは今も変わりません。今の生産性重視の農業ではなく、田七人参の都合に耳を傾けた、自然のままの自生した田七人参・栽培法こそが私たちの目指すものです。それこそが良質で、本当の田七人参だと私たちは考えています。

田七人参にどう向き合っているのか、漢方の立ち位置を再現するために、どういう田七人参を栽培するのかなど、対談から少しでも感じていただければ幸いです。

淺田氏
アドバンスとして一番伝えたいことは、「田七人参の漢方としての位置付け」、だとおっしゃっていましたね。
白井氏
そうです。僕らは田七人参に関わっているから、『田七人参の本当の詳細や力をそもそも概略から分かっています。これから私たちがメッセージを出さなければいけないのは、田七を知っていて、良い田七を探している人ではなくて、まったく田七を知らない方たちに知ってもらって、広げていかなければいけないということです。 

そうなれば、『そもそも田七って何?』だと思うんです。『田七って何?』という漠然としたテーマだと広すぎて収集がつかない話になってきますので、『田七とは』ではなくて『そもそも田七というのは漢方の中でどんな位置付けなのか』という、漢方における田七の評価、位置付けというものを客観的に発信する必要があります。

当然、変な話、位置付けがいいのは分かっています。『本草綱目』『神農本草経』などの中国古来の薬学所に上薬として記載されている当時から現代まで重宝されてきて、私たちも実績を積み上げてきましたので。ただ、田七を知らない方たちが目の当たりにした場合、ああこういうものなのかと感心するような効果効能というのが非常に打ち出しづらいということが現実にあります。そうは言っても効果効能を若干でも伝えないと誰も理解してくれないので、そこをどう表現するかというテクニカルのところが残るにしても、漢方の中の田七はこういうものですよということの位置付けははっきりさせて、こういう効果効能があって、さらにそれはそもそもわれわれが販売のために評価を出したものではなくて、何百年も前から位置取りがされているよと。その良質なものでわれわれは何をしているのか、どんな仕事をしているのかというのがお客様に対するメッセージだと思います。

淺田氏
あえて一言でいうとどういう言葉になりますか?
白井氏
簡単に言ってしまえば、限りなく「昔」の田七人参を作る。目指すのはこの1点しかないんです。昔、つまり500年前の田七というのは何かというと、例えば、自生に近いかたちで、直接的に人のためになるというのはもちろんですけれども。そもそも栽培ということ自体が植物のためなのか、人のためなのかというと、人のためなんですね。効果効能があるから人のために大量に生産すべきだということは一方ではあるものの、しかし、栽培の仕方は一体どうなのかということなんです。これを間違えると『田七に似たもの』というものだけが世の中に出回り、本来の田七とはかけ離れていくんじゃないかなと思います。

そもそもそういうことが底辺にあった上で、中国での農業、20年ほど前、至難だった有機栽培を導入して実行することに繋がってくるんです。これまでもいろんなマスコミから取材されてきて、よく『きっかけは何ですか?』と質問を繰り返しされましたが、ここまで田七というものが多くの人に効果を示したり、求められているということを考えれば、単に栽培して販売して利益を出す、といった浅いことではなく、本当の田七人参とは何か?を命がけで問い続けてきた、その初心を忘れてはいけないと神様からいわれているのではないかな、と今では思います。そうすると、田七人参の位置付けというものに関して言えば、例えばあり方として、渡辺漢方堂の渡辺先生が客観的に『田七とはこういうものだよ』という定義付をした。その良質な本来の漢方というもの、本来評価が高かった昔の田七人参を再現するというのがそもそも単純な発想なんです。

淺田氏
遺伝子を操作したりして、人間にとっていいものを作ろうとするのではなく、あえて昔の田七人参を栽培するということですね。
白井氏
そうです。田七人参も一つの生命ですから、彼らが、心地よいと感じる環境を提供することが第一です。そう考えると、古来の自生していた田七人参になってくるし、それが最も自然の仕組みと調和したものになるわけです。そのためにどういう意識で、何をやっているのか、それがすべてです。