設立趣旨「自然との調和、自然なる調和」

 

私たちは、今、ここに、生きています。
生きている限り、人は、自分の運命に対して必ず最善を尽くして生きているのだと思います。たとえそうは見えなくても、その人なりの選択をし続けて生きているのです。そう意識しながらもう一度見渡してみると、違った景色が見えてきたり、愛おしさすら感じてきたりするものです。
本来ならそれだけで尊いことなのでしょうが、今は、複雑な社会情勢や社会の仕組みがあったりと、少々生きづらい世の中になっています。

 

そんな中でも、未来へ向けて生きていくためには、どうしても精神的な成長は欠かせないものだと思います。ものの見方で世界の見え方は変わりますし、考え方ひとつで結果は変わります。何を大切にするかで生き方も大きく変わってきます。さらに、自分を磨くことで技術的な成長を続けたり、想いを実現するための経済的な成長など、様々な要素があることはとても良いことだと思います。

 

日本もそうですが、先進国ではモノや生命を消費してお金を循環させる経済という人間が作りだした仕組みの中で暮らしています。これはとても重要なことです。なぜなら、私たちが未来に向けて、精神、技術、経済が三位一体で成長しようとすればするほど、非常に多くの自然環境に負荷を与え、多くの生命の犠牲を強いることになるからです。

 

私たち人間が「生きる」ということは、意識するしないに関わらず、必ず自然環境と共にある、ということです。人間が生きるために自然環境を支配しようとすること、コントールしようとすることを共生と呼ぶ場合もあるようにみえますが、日本人が古来からDNAとして受け継がれてきた「人は自然と共にある」という価値観や智慧を思い出し。暮らしの中で根付かせていくことが、「自然との調和」ではないでしょうか。

 

こうした大局的な価値観を観じとり、意識を育むためには、人としての「個」の小さい単位の安定、つまり精神性の成長が重要となります。人としての成長は困難や不安と向き合い、乗り越えて行くことが求められます。そこで必要なものは、課題から目をそらさずにきちんと向き合う姿勢を持てるかどうかです。精神性が高くなればなるほど、解決手段や結果もより調和のとれたものになっていくでしょう。

 

暮らしの中で、あなたの意識はどの方向に向いているでしょうか?
理不尽に思えることを、他人の責任にしますか、自分に必要なことと捉えますか?
予期せぬ出来事が起きたときに、どう反応しますか?
その方法は、自己保身のためですか。他人のためですか?
それは、家族を守るためですか? 仲間だけですか? 自分の国だけですか?
自然は、人間が住むためだけのものですか、
自然とともに生かされていると観じますか?

 

もし、地球に住む人の多くが、植物、動物、鉱物、微生物…生きとし生けるものすべてに対して、心地よいエネルギーを隅々まで行き渡らせようとしたら、自然環境が、きってもきれない関係なのだと、当たり前に意識して暮らし始めたとしたら・・・

 

地雷やミサイルで誰かを攻撃したり、食料を安くするために動物を大量生産したり殺したりするような発想はしなくなるでしょう。
有毒物質を川へ流したりはしないでしょう。
ゴミ問題はおろか、ゴミという概念すらなくなるかもしれません、
家や住まいの在り方も変わるかもしれません。

 

私たちが見たいのはそういう景色なのです。

一人ひとりの小さな単位の集まりが大きな形になる。
地球は今、人の自我と欲という公害で病んでいるようです。地球環境も私たちの体内環境も相似形として、繋がっています。だからこそ、私たち一人一人が本当の意味での心身の健康に向かうことは、そのまま地球に還元されていくのではないでしょうか。

 

白井博隆